破顔一笑

日記みたいな何か/1987

Too Good At Goodbyes

毎日疲れますね
仕事ってそういうもんか。

 

まーでも
比較的楽しく仕事してるし
愚痴言いたくなる環境でもないし
有り難いことです。

 

 

 

 

 

 

 

 

カミングアウト、について。

 

生きていく上で
かかせないもの。
だったけど
今はそうでもないと
実感している。

 

必須ではないし
必要性を感じないことの方が多い。

 

ただ。
自分発信のカミングアウト以外が
とても問題だと思うんです。

 

個人的な感想。感じ方。
いろんな思いがあるだろうけど
あくまで、僕の。

 

 

たとえば
僕が友達にカミングアウトして
その友達が勝手に
他の第三者に話す。

 

これね、微妙なところ。

 

三者
自分の知ってる人
友達ぐらいの距離なら
なんとか許せる、、、かな。

 

顔見知りだったとしたら
なんとなく
わかるだろうしね。

 


でもさ
その第三者
全然知らない人だったら?

 

嫌な気持ちになります。
なぜ、全く知らない人に
そんな話されなきゃいけないのか、謎。

 

結局ね
狭い世界にいたら
特定されるんですよ。

 

自分の意思じゃないところで
そうやって勝手に
知られていくことが
どれぐらいの恐怖かなんて
当事者にしかわからない。

 

なんてことは
考えもしないから
平気で言えるんだろうな。

 


ばーか!と言って
中指立ててやりたいわ。

 

 

まーいろいろね
話聞いて
自分自身、思い返したり
思うところがあるわけですよ。

 


カミングアウトって
もっともっと重いもの。
そういう重さじゃなくて。

 

なんというか
話せばいいじゃん
なんで話さないの?と
言われたことがあるけど
お前に何がわかる!!!と
言いたくなるぐらい
簡単じゃないんだと。

 

わかってほしくて
言うわけじゃないしね。
難しいけど。

 


でも
三者に勝手に言うのはさ
反則じゃない?

 

特定されないからいいの?
ほんとに特定されないの?

 

その第三者
理解あろうがなかろうが
そんなことは一切関係なく。

 

勝手に
カミングアウトする権利なんて
他の誰にもない。

 

 

 

 


高校生のときに
一瞬。お付き合いした子がいて
ほんとに1ヶ月ぐらい。
その子がのちに
知らない後輩に
僕と付き合ってたということを
勝手に言ったんだ。
僕がgidかもしれない、ということも。

 

は?ってなって
めちゃくちゃ怒ったのを
思い出しました。

 

言わないで、なんて
言ってないけど
なんとなくわかるでしょ。

 

 

 

正直。
大人になっても
そういうめんどくさいことが
起こるのがわかってるから
地元に帰らないんだけどね。

 

わざわざ
生きづらいところで
生きていく選択なんてしない。

 

改めて思いました。

 


地元はたまに帰る場所
住む場所は別
これがしっくりくる。